名古屋工業大学 柴田研究室

研究概要

反応開発

含フッ素化合物を自在に作り出すことは,有機化学分野の重要な課題の一つとなっています。フッ素を含む化合物は,一般的な有機化合物とは異なる性質をもっていますが,これは人類社会にとって有益な性質である反面,有機化学者にとっては化合物の反応性や選択性を変化させる厄介な性質でもあります。そのため含フッ素化合物の構造変換には制限がある現状です。当研究室では医薬品候補化合物となり得る新規含フッ素化合物の合成や含フッ素化合物の新たな合成法の開拓を行っています。また廃棄物や自然負担の少ない環境調和型反応の開発等も行っています。

不斉フッ素化反応の開発

不斉フッ素化反応は医農薬分野において非常に注目されており,世界中で研究が行なわれています。当研究室は不斉フッ素化反応が注目を集める以前からこの研究を活発に行ってきました。その中でも当研究室が得意とする手法を4つ紹介します。

①キラルフッ素化試薬を用いる方法
フッ素化試薬として有名なNFSI(N-Fluorobenzeneslufonimide)の構造を,キラルな骨格を有する基質へと展開しフッ素化試薬を合成しています。キラルなフッ素化試薬は,最も単純に,且つ様々な基質に対し不斉フッ素化反応を行うことができます。

J. Org. Chem. 1999, 64, 5708-5711. [リンク]

またビナフチル骨格を有するキラルなフッ素化試薬を合成し,β-ケトエステルに対する不斉フッ素化反応を行い,Maxi-Kチャネル開口薬であるMaxiPostの合成に成功しています。本反応では,通常のフッ素化反応を行うのと同等の実験操作でキラルフッ素化体を得ることができます。

Eur. J. Org. Chem. 2013, 6501-6505. [リンク]

②シンコナアルカロイドを用いる方法
シンコナアルカロイドは天然に豊富に存在し,その三次元構造は不斉触媒として非常に魅力的です。当研究室ではシンコナアルカロイドとフッ素化試薬であるSelectfluorを組み合わせることで系中にてフルオロアンモニウム塩を発生させ,不斉フッ素化反応に応用しています。

J. Am. Chem. Soc. 2001, 123, 7001-7009. [リンク]

③キラルルイス酸を用いる方法
β-ジカルボニル化合物のα位は,ルイス酸を用いて活性化することでフッ素化反応を行うことが出来ます。そこでルイス酸とキラル配位子を用いることで不斉フッ素化反応へと展開することが可能であり,当研究室ではDBFOXなどのN配位子を用いた反応を報告しています。

Angew. Chem. Int. Ed. 2005, 44, 4204-4207. [リンク]
Angew. Chem. Int. Ed. 2008, 47, 164-168. [リンク]

④フッ化水素とキラルヨウ素を用いる方法
フッ素化試薬にはNFSIやSelectfluorのような試薬が有名ですが,分子量が大きいため原子効率は悪いと言えます。そこで我々は最も原子効率の高いフッ素化試薬であるフッ化水素に着目し,超原子価ヨウ素と組み合わせることで不斉フッ素化反応へと応用しています。今後ますます研究が期待される超原子価ヨウ素を用いた,金属を系中に持ち込まないクリーンな反応です。

Chem. Sci. 2014, 5, 2754-2760. [リンク]

フルオロアルキル化反応の開発

当研究室ではトリフルオロメチル(CF3)基を代表とするフルオロアルキル化反応の開発を行っています。特に不斉CF3化反応の開発は当研究室で長年取り組んできた研究テーマでもあり,シンコナアルカロイド由来の相関移動触媒を利用した選択的CF3化反応を開発しています。ケトンやアゾメチンイミン,イソキサゾール等,様々な基質に対して高選択的なCF3化反応を達成しています。

Org. Lett. 2007, 9, 3707-3710. [リンク]
Angew. Chem. Int. Ed. 2009, 48, 6324-6327. [リンク]
Org. Lett. 2010, 12, 5104-5107. [リンク]
Angew. Chem. Int. Ed. 2011, 50, 7803-7806. [リンク]

さらにこの不斉CF3化技術を利用したエイズ治療薬Efavirenzの効率的合成法を開発しています。既存のEfavirenz合成法はコストが高く,薬の低価格供給が難しいという問題があります。当研究室ではこの製造コストを削減すべく研究開発を行っています。

Eur. J. Org. Chem. 2011, 5959-5961. [リンク]
Asian J. Org. Chem. 2014, 3, 449-452. [リンク]

求電子的な不斉CF3化反応としては,ジベンゾスルホニウム塩型試薬とキラルグアニジンを用いた不斉CF3化反応を達成しています。キラルグアニジンが塩基として基質であるβ-ケトエステルのプロトンを引き抜くと同時に,複数の水素結合によって不斉場を形成し,そこにCF3化試薬が作用することで不斉四級炭素を構築します。

Org. Biomol. Chem. 2009, 7, 3599-3604. [リンク]

またCF3化反応以外にも発展途上分野であるであるトリフルオロメチルスルフィニル(CF3S(O))化反応等,様々なフッ素官能基を導入する手法の開発を行っています。

Org. Lett. 2015, 17, 1990-1993. [リンク]
Dalton. Trans. 2015, 44, 19456-19459. [リンク]

炭素-フッ素(C-F)結合活性化反応の開発

一般的にハロゲン(I,Br,Cl)化炭化水素は,多くの有機反応に対し活性であり,様々な構造へと変換が可能です。一方で炭素-フッ素(C-F)結合は,他の炭素-ハロゲン結合に比べて圧倒的に反応性が低く,C-F結合を足掛かりとした化学変換は非常に困難です。しかしその活性の低さ故に選択的な反応を行えることも多く,近年不活性なC-F結合を活性化させ化学変換を行う手法が注目を集めています。当研究室では炭素が形成する最も強力な単結合であるCsp3-F結合を活性化させ,農薬としての活性が期待できるキラルモノフルオロメチルオキサリジノンの合成を行っています。

Angew. Chem. Int. Ed. 2012, 52, 12275-12279. [リンク]

また医農薬品中間体として有用な森田-ベイリス-ヒルマン型アリルフルオリドのC-F結合活性化によるトリフルオロメチル化反応を達成しております。この際キラル四級アンモニウム塩を触媒とすることにより速度論的光学分割が起こり,一度の反応で二種類の有用なキラル含フッ素化合物が得られることを見出しています。

Angew. Chem. Int. Ed. 2014, 53, 517-520. [リンク]
Angew. Chem. Int. Ed. 2016, 55, 359-363. [リンク]

環境調和型反応の開発

有機反応には有機溶媒や様々な試薬を用いますが,これらは基本的に環境に悪影響を及ぼします。近年ではグリーンケミストリーを考慮した反応が注目されており,排出物が少なくや有害物質を用いない反応が望まれています。当研究室では新規反応を開拓するだけでなく,環境に配慮した化学反応を探索しています。

①ソルカン 365mfcを用いた反応開発
ドイツのソルベイ社が開発したフッ素系溶剤ソルカン 365mfcは,ドライクリーニングの洗浄液にも使われる安全性の高い溶剤で,アメリカ環境局ではオゾン破壊のない溶剤候補としてSNAP(代替品プログラム)に掲げています。このソルカンを反応溶媒の代替として利用することで,環境負荷を低減できます。当研究室ではこのソルカンを溶媒としてとして用いた様々な反応開発を行ってきました。

Green Chem. 2011, 13, 46-50. [リンク]
Green Chem. 2011, 13, 843-846. [リンク]
RSC Adv. 2013, 3, 3848-3852. [リンク]

②フルオロホルムを用いたフルオロアルキル化反応の開発
フルオロホルム(CF3H)はフッ素系樹脂や冷却剤の製造時に生じる排出物です。また温室効果ガスとしても知られ,地球温暖化係数は二酸化炭素の1万倍にも相当します。そのため年間大量のフルオロホルムが生成されていますが,そのまま捨てることもできません。そこでこのフルオロホルムを用いて直接フルオロアルキル基を導入できれば,廃棄物処理と同時に有益物質を入手することが可能となります。当研究室ではフルオロホルムを用いたトリフルオロメチル化反応やジフルオロメチル化反応を達成しています。

Org. Biomol. Chem. 2013, 11, 1446-1450. [リンク]
ChemistryOpen 2015, 4, 581-585. [リンク]
Org. Lett. 2015, 17, 3802-3805. [リンク]

③Me-NFSIを用いたフッ素化反応の開発
NFSIは現在直接的フッ素化試薬として幅広く用いられています。しかしNFSIの分子量315.33に対し化合物に導入されるフッ素の分子量はたったの19であり,NFSIを用いたフッ素化反応は原子効率が悪いと言われています。当研究室ではNFSIの余分な骨格を削ぎ落とした低分子量型フッ素化試薬Me-NFSIを用いた反応開発を行なっています。本試薬はNFSIよりも捨てる部分が少なく,環境に配慮したフッ素化反応を行うことができます。更にMe-NFSIは安定な固体であるため取扱い易く,試薬としての有用性も兼ね備えています。

Green Chem. 2016, 18, 1864-1868.[リンク]

ビルディングブロック法の開発

入手可能な化合物を化学変換して医薬品等へと誘導する手法をビルディングブロック法と呼びます。含フッ素医薬品を開発する場合,入手容易な含フッ素化合物(ビルディングブロック素材)を化学変換し合成を行いますが,これらはフッ素の特異的性質により反応性が変化しているため,思い通りに化学修飾できないことがしばしばあります。含フッ素ビルディング素材の多様性や汎用性を拡大することは,医薬品開発成功の鍵の一つです。当研究室では安価な含フッ素ビルディング素材の一種であるトリフルオロピルビン酸エチル(ETFP)を用いた反応開拓を行い,光学活性な含フッ素医薬品様化合物を合成しています。

Synlett 2006, 3484-3488. [リンク]
Angew. Chem. Int. Ed. 2007, 46, 8666-8669. [リンク]
Chem. Eur. J. 2010, 16, 7090-7095. [リンク]

2-トリフルオロメチルアクリレート(MAF)は反応性が高いビルディングブロック素材ですが,反応性が高すぎるため容易に重合してしまうため,不斉反応には殆ど用いられておりませんでした。当研究室ではシンコナアルカロイドを用いてMAFを制御し,β-ケトエステルとの高ジアステレオマー選択的な不斉共役付加反応やアゾメチンイミンとの環化付加反応を達成しています。

Chem. Lett. 2009, 38, 1006-1007. [リンク]
Synthesis 2010, 3274-3281. [リンク]

F3TBSI((SS)-N-tert-butanesulfinyl (3,3,3)-trifluoroacetaldimine)はキラル補助基をもつビルディングブロック素材です。当研究室ではF3TBSIとマロン酸エステルから含フッ素βアミノ酸を合成することに成功しています。他のキラル源を一切用いずに塩基を変えるだけで立体の異なる含フッ素βアミノ酸を作り分けることができます。

Chem. Commun. 2012, 48, 4124-4126. [リンク]
Org. Biomol. Chem. 2014, 12, 1454-1462. [リンク]

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