名古屋工業大学 柴田研究室

研究概要

フタロシアニン

フタロシアニンはイソインドリンユニット4つから構成される芳香族化合物です。可視光領域の強い吸光特性や高い安定性により機能性色素として期待されています。またその類縁体にサブフタロシアニンと呼ばれる化合物があります。こちらは3つのイソインドリンユニットから構成され,お椀型の歪んだ骨格をもつ色素です。当研究室ではこれらフタロシアニン類にフッ素を導入することにより,通常とは異なる機能をもつフタロシアニンの開発を行っています。

非凝集特性をもつフタロシアニンの開発

フタロシアニンは平面性が高く,π-πスタッキング相互作用によって会合体を形成しやすいことが知られています。高度に会合した状態を凝集と呼び,フタロシアニンの溶解性や機能性の低下を招きます。そのためフタロシアニンを産業的に利用する場合,その凝集挙動を抑制することが重要となります。周辺にトリフルオロエトキシ基を施したフタロシアニンは,トリフルオロエトキシ基同士の反発により凝集体を形成しなくなります。

Chem. Commun. 2008, 1977-1979. [リンク]

この非凝集特性は,二枚貝型フタロシアニンの挙動から説明する事ができます。柔軟なリンカーで縮合した二枚貝型フタロシアニンは,通常フタロシアニンのπ-πスタッキング相互作用によって閉じた構造をとります。一方でトリフルオロエトキシ基を施した二枚貝型フタロシアニンは,トリフルオロエトキシ基の反発によって開いた構造をとることを明らかとしています。

Org. Biomol. Chem. 2009, 7, 2265-2269. [リンク]
Org. Biomol. Chem. 2008, 6, 4498-4501. [リンク]

一般的にフタロシアニンは溶解性が低く,加工や精製が困難であるとされています。しかしトリフルオロエトキシ化フタロシアニンは,非凝集特性を有しているため,高い溶解性を示します。一般的な有機溶媒だけでなく,通常では溶けにくい超臨界二酸化炭素等にも高い溶解性を示します。そのため非常に加工性が優れた色素であると言えます。

J. Fluorine Chem. 2010, 131, 652-654. [リンク]

トリフルオロエトキシ基の反発効果を調べるため,ダブルデッカー型フタロシアニンの合成を試みました。ダブルデッカー型フタロシアニンとは一つの金属イオンを二つのフタロシアニン環が挟み込んだサンドイッチ構造をもつフタロシアニンです。トリフルオロエトキシ基の数と置換位置を変えたダブルデッカー型フタロシアニンの合成を試みたところ,各ユニットにトリフルオロエトキシ基を一つ,及びユニットの外側(β位)に二つもつダブルデッカー型フタロシアニンを合成することに成功しました。しかしユニットの内側(α位)に置換基を二つもつものと全箇所が置換されたダブルデッカー型フタロシアニンは合成できませんでした。このことからトリフルオロエトキシ基の反発効果はβ位よりもα位の方が大きいことが明らかとなりました。

J. Porphyrins Phthalocyanines 2014, 18, 1034-1041. [リンク]

光線力学的癌治療薬の開発

光線力学的癌治療法(PDT)は,色素を癌細胞に導入し光を照射することによって生じる活性酸素種によって癌細胞を破壊する治療法です。外科手術を必要とせず,幹部の狙った箇所のみにレーザーを照射することで正常細胞へのダメージを抑えることができます。フタロシアニンは組織透過性の高い赤い光を吸収するため次世代型PDT薬への応用が期待されています。当研究室では含フッ素フタロシアニンと核酸塩基を縮合させたPDT薬を開発しています。

Angew. Chem. Int. Ed. 2006, 45, 8163-8166. [リンク]
Eur. J. Org. Chem. 2010, 2878-2884. [リンク]

またフタロシアニンに糖を縮合させ,水溶性を向上させたPDT薬を開発しています。本化合物を用いて細胞試験を行ったところ,レーザー照射により効率的に癌細胞の死滅が確認されました。本化合物はフッ素を導入することにより著しく活性が向上しました。また光非照射条件においては全くの無毒であり,PDT薬として適した性質をもつことが明らかとなりました。

J. Fluorine Chem. 2015, 174, 53-61. [リンク]
J. Cancer Therapy 2015, 6, 137-141. [リンク]

トリフルオロエトキシ化サブフタロシアニンの開発

サブフタロシアニンの軸方向(アキシャル位)は求核置換反応によって変換することが可能です。しかし一般的なサブフタロシアニンのアキシャル位置換活性は低く,反応収率が低下する傾向があります。当研究室ではトリフルオロエトキシ基を施したサブフタロシアニンのアキシャル委置換活性が向上すること見出しています。本現象を利用して複雑な骨格をもつサブフタロシアニン誘導体へのアプローチを行っています。

Chem. Eur. J. 2010, 16, 7554-7562. [リンク]

またサブフタロシアニンのアキシャル位置換反応を利用したダイマーやトリマーの開発を行っています。この時各ユニットを非対称に置換したサブフタロシアニンダイマーは,光照射により非フッ素ユニットから含フッ素ユニットへとエネルギー移動を引き起していることが示唆されました。

Dalton Trans. 2015, 44, 908-912. [リンク]
Dalton Trans. 2015, 45, 19451-19455. [リンク]

縮環型フタロシアニン-サブフタロシアニンダイマーの開発

一つのベンゼン環を介し二つのフタロシアニンが連なったダイマーは縮環型ダイマーと呼ばれます。本化合物は共役の拡大によって,長波長の光を強く吸収する色素になります。これまでに縮環型ダイマーは,二つのフタロシアニンが連なった縮環型フタロシアニンダイマーと二つのサブフタロシアニンが連なった縮環型サブフタロシアニンダイマーが報告されていました。当研究室では,初の構造である縮環型フタロシアニン-サブフタロシアニンヘテロダイマーの合成に成功しています。本化合物はX線結晶構造解析により,フタロシアニンの平面構造とサブフタロシアニンのお椀型構造を併せもつユニークな構造であることが分かりました。

Chem. Commun. 2014, 50, 3040-3043. [リンク]

ペンタフルオロスルファニル化フタロシアニンの開発

強力な電子求引性と高い脂溶性をもつペンタフルオロスルファニル(SF5)基はフタロシアニンの安定性や溶解性を向上させ,さらに凝集作用を抑制する効果があると予測できます。当研究室ではSF5フェニル基を導入したフタロシアニンやサブフタロシアニン,またSF5基が直接結合したフタロシアニンを開発し,その分光学的性質の調査を行っています。

J. Fluorine Chem. 2014, 168, 93-98. [リンク]
J. Fluorine Chem. 2014, 171, 120-123. [リンク]
ChemistryOpen 2015, 4, 698-702. [リンク]

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