1.直鎖飽和脂肪酸塩の振動スペクトル解析

 疎水性と親水性の両方の性質を併せもつ界面活性剤分子は、溶液中で濃度増加にともなって「ミセル」とよばれる自己組織化集合体を形成することが知られており、このミセルには球形、棒状、板状といった種々の構造が存在し、そしてこれらのミセルがさらに一定条件下で規則的に配列することにより、液晶に含まれるヘキサゴナル相およびラメラ相を形成する。
 また、生体を構成する分子にもこの性質をもつものが存在する。脂質分子がその例である。これらの分子は細胞の形を保持する細胞膜の形成に用いられている。この細胞膜は分子が単独で存在する場合とは異なる新しい生命機能を発現することがある。しかし、これらのメカニズムはいまだ解明されていない。一方で、分子の集合体という観点より検討すると、細胞膜は脂質分子が集合、組織化して2分子膜とよばれる規則構造を形成している。この膜は、温度や濃度の変化により疎水基部分、すなわち炭化水素鎖のコンフォメーションが変化し、膜厚や大きさが変わりイオン性物質の透過性などに変化が起こる。
 従って、炭化水素鎖のコンフォメーション変化を調べることは細胞膜のメカニズム解明、更には生命現象のメカニズム解明へとつながる礎となりうる。しかし、脂質分子は多くの原子から構成され、その振動スペクトルは多種類の振動モードが重なり合うので、詳細な解析を行うには非常に困難である。そこで、このような大きな分子を構成する一部分の構造およびその変化に関する正確な知見を得るため、より単純なモデル分子を用いて、振動スペクトル解析が行われてきた。
 本研究室ではそのモデル分子として、直鎖飽和脂肪酸塩を試料として、IRおよびRamanスペクトルを測定し、密度汎関数法による基準振動計算を用いて詳細な振動スペクトル解析を行っている。



直鎖飽和脂肪酸塩の赤外吸収スペクトル(IR)





測定値と計算値の比較

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