平成21年度 卒業研究配属学生さんへのメッセージ 

081201  
神取 秀樹

 うちのラボの大きな特徴として、「研究を通して、失敗体験だけでなく、成功体験をできる」ことが挙げられると思っています。

 失敗の体験をすることは重要です。さまざまな失敗を通して、ひとは賢くなります。
 ではどこの研究室に配属したら失敗体験をできるでしょうか? 失敗体験をするためには、どの研究室を選べばよいのでしょうか?
 その答えは「すべての研究室」「どこを選んでも構わない」です。唯一の正解が存在する入試問題と違って、研究は新しい何かをつくり出すものであるが故に、正解はありません。ラボの主宰者である教授でも、どうすれば失敗しないか、その方法はわかりません。失敗を回避することはできませんし、逆に失敗のない研究には魅力は全くありません。
 私はいつも学生さんに「失敗を恐れてはいけない」「気にせずどんどん失敗しなさい」ということを言っています。ただし繰り返しますが、失敗の体験はうちのラボだけでなく、研究さえすればどこでもできます。

 一方、人間を成長させるには失敗だけでなく、成功の体験をすることが重要です。失敗を体験することは重要だけど、成功を体験することはもっと重要、ということが言えます。
 では、何が成功体験でしょうか? ソフトボール大会で研究室を優勝に導くことも大切です。一方、研究においては、よい(実験)結果がその第一歩でしょう。よいデータを出して、先生やラボメンバーにほめてもらうのも成功体験に他なりません。しかし、その結果はほんとうに君だけのものでしょうか? それが面白い、素晴らしいデータだとすると、同じ結果を得ているひとが世界のどこかにいるかもしれません。君よりも先にデータを得ているかもしれません。

 このようなデータの先有性をはっきりさせるため、我々、研究者は論文を書きます。この「論文」とは、卒業論文とか修士論文とかの論文とは意味が違っており、原著論文(original paper)と呼ばれるものです。原著論文をある雑誌に投稿すると、君の論文がその雑誌に掲載されるのに相応しいかどうか、審査を受けて判定されます。よい雑誌ほど、その審査が厳しい、ということになります。研究は世界中で行われていますので、論文は(ごく一部の雑誌を除いて世界語である)英語で書くことになります。一流の雑誌に論文を掲載するのは容易なことではありません。実際に我々の大学院の分野では論文を3つ出していたら、工学博士(ドクター;大学院でふつう5年間かかる)を申請することができます。
 このように研究においては、よいデータの積み重ねの結果、よい雑誌によい論文を出すことが最大の成功体験です。特に、論文の筆頭著者(複数の著者の中で、最初に名前が登場する人。Kawanabe, Furutani, Jung and Kandori の場合のKawanabe氏のこと)は、その人物が主体的に研究を行ったと認められているので、大きな自信を得ることができます。

 大学院の推薦入試の面接などで、大学院での目標は(海外の)国際会議で発表すること、という学生の言葉をときどき耳にします。たいへん結構、しかし、国際会議を主催する立場からすると申し込みは大歓迎であり、一般に申し込みさえすればだいたい発表させてくれます。論文を発表することとは難しさに格段の違いがあります。私はそのような学生さんのせりふを聞くと、「それだけやる気があるのなら、なぜ一流の雑誌に論文を発表することを目標にしないのか」と心の中で呟きます。

 私の研究室では、学部で配属して研究を行い、大学院の修士課程に進んで修了した(=2年半あるいは3年間研究を行った)15名はすべて筆頭著者の論文をもっています(1名は投稿中)。この事実について、私自身は彼らに最大の成功体験を与えることができたという満足感をもっています。もちろん15名のうち、博士課程に進学して研究者を目指した2名を除く13名にとっては、筆頭著者の論文を出しても会社の仕事とは何ら関係しません。しかし、様々な失敗の中から意味のあるデータを得て、自分が筆頭著者となる論文を世界の一流誌に発表したという成功体験は、皆で祝うワイン会の美酒ともども、私から彼らへの最高の贈り物であると考えています(逆に私自身にとっても彼らの論文は最高の贈り物であり、次の外部資金獲得につながります)。

 これから企業人として様々な困難に直面するであろう彼らにとって、神取研で味わった苦い研究上の失敗体験とそれを乗り越えた結果としての成功体験(=論文発表、特に筆頭著者での論文)は得難い糧になることでしょう。

 このように私の研究室では(どこでもできる)失敗体験だけでなく、(他ではなかなかできない)成功体験も味わえる、という点が特徴(特長)だと思っています。例年通り、やる気のある学生さんの配属を楽しみにしています。


関心のある学生さんのために2名の博士課程進学者について追記します。日本では博士課程の学生も年間52万円の授業料を大学に納めないといけないという厳しい現実がありますが、柴田君、川鍋君はいずれも5倍以上の競争率を勝ち抜いて博士後期課程1年のときから日本学術振興会特別研究員DC1に採用され、月額20万円の給料をもらうことができました。
 柴田君は物質工学専攻、始まって以来の「飛び級」で博士の学位を取得し、今年度から金沢大で博士研究員として研究すべく日本学術振興会に特別研究員(PD)の申請をしました。PDは12倍もの競争率がある難関ですが、驚いたことにPDの申請者からごく少人数が選抜されるSPD(競争率:295倍)に採用されてしまいました。
 
柴田君は学部時代、野球ばかりしていて勉強したことがなかったためたいへんな成績でしたが(=だからこそ人気研究室には行けず私のラボに配属した)、「劣等生の鑑」というべきか、「鯉の滝のぼり」というべきか、司馬遼太郎「竜馬がゆく」の坂本竜馬というべきか(これは誉めすぎ)、これまでに驚くほどの高い評価を得ることができました。研究の道は容易なものではありませんが、その道に引き込んだ指導者として、彼の研究の進展を楽しみに見守りたいと思っています。
 また、学部の成績が抜群だった川鍋君については、柴田君とは違った意味で厳しく指導してきましたが、内向きのプロトンポンプを作製するなどして私を驚かせた結果、柴田君同様、「飛び級」での学位取得へ向けて審査委員会がつくられることが専攻で認められました。彼に対する私の評価はずっと辛かったのですが、彼は学振申請書の「研究職を志望する動機、目指す研究者像」(8ページ)に素晴らしい作文を書き、それを自分のペースで実現しようとしています。
 幸いなことにうちのラボでは、論文や海外出張はもとより、学振とか、飛び級とか、ドクターの学生にもそれなりの成功体験を与えることができています。多くの学生が博士後期課程への進学を躊躇する今の時代に、覚悟をもって夢に挑戦する柴田君や川鍋君のような若者に対して、私は最大限のサポートをしたいと思っています。