シクロデキストリン学会奨励賞(2001)を受賞して

名古屋工業大学工学部応用化学科
山村 初雄

私がシクロデキストリン(CD)に出会ったのは、藤田佳平衛先生(九州大学薬学部、現長崎大学薬学部)の門をたたいた時です。「ド−ナツ型の美しい形をしている分子」というのが最初の印象でした。その美しさに魅せられて幾星霜、途中中断もありましたが、これまで研究を続けてまいりました結果として、今回、奨励賞をいただくことができましたのは誠に光栄であり、うれしいことです。
研究開始の頃は、初期のホスト−ゲストケミストリーが熱く燃え上がっていた時期でした。それゆえにその当時より、私の頭にあったのはCDに機能を持たせることでした。それも、高度な機能を発現すべく精緻に“美しく”化学修飾された誘導体によるものを思い描いていました。それゆえにその研究の基盤となる位置特異的多点修飾を可能にするポリスルホナート研究に傾注していったわけです。ここにおいて私は、どのような官能基配置も実現できるように考えうるスルホナートの全てを手に入れたいと思い、特定の誘導体の選択的合成ではなく、一度の反応で複数種類の誘導体を生じさせる網羅的合成を行い、それぞれを単離精製して構造決定するという手法を採用しました。決して平坦な道を行くような研究ではありませんでしたが、多くの方の御指導と御協力を得て研究を進め、6位ポリスルホナート全67種類を擁する“ライブラリー”の完成に明るい見通しが得られたと言える地点にまで到達しました。ここにきてようやく欲しいものは何でも合成できるという実感が湧いております。今後は、残りのポリスルホナートの研究を行いながらも、同時にこれまでの成果をもとに“超”機能性誘導体の研究を展開しようと考えております。しかしながら、弱輩ゆえの視野の狭さのため何をつくるべきかの思慮が十分でないところもございます。先生方には、「こんなものがおもしろいぞ」とか「この研究を一緒にやってみないか」といった御教示あるいは御協力を賜りますれば幸いです。
 最後に、これまで御鞭撻をいただきました藤田佳平衛先生(長崎大学薬学部)ならびに川井正雄先生(名古屋工業大学工学部)に深謝致します。また、本賞への御推薦の労をとっていただきました加納航治先生(同志社大学工学部)には篤く御礼申し上げます。さらに、御協力いただきました荒木修喜先生(名古屋工業大学工学部)をはじめとする諸先生方、日夜、研究実験に励んでくれた学生諸君、ならびにシクロデキストリンをご提供いただきました日本食品化工(株)に心から感謝致します。

研究概要
複数の官能基を合理的に空間配置できれば、それらの協同作業により高度な機能を発現できる。その点でシクロデキストリン(CD)は理想的な土台であり、CDが持つ複数の特定の水酸基が位置選択的にスルホニル化されたポリスルホナートは、置換反応により容易に官能基が導入できるために重要な合成中間体と位置付けられる。
これまでに、CDの6位を選択的にポリスルホニル化する研究に携わり、α-、β-およびγ-CDスルホナート24種の合成に成功した。これにより先人の成果と併せると、6位スルホナート全67種類を擁する“ライブラリー”の完成に明るい見通しが得られたと言える。
一般にCD誘導体の分離精製は極めて重要であるが、特に多置換誘導体の分離精製は容易ではない。当該研究においては位置異性体の分離精製が克服すべき極めて重要な課題であった。そこで、種々の逆相および順相カラムクロマトグラフィーを組み合わせることで、多岐にわたる誘導体を分離・精製する一般的手法を確立することに成功した。
さらに、CD中の6位スルホニル化グルコースが3位炭素と6位炭素の間にエーテル架橋を形成して椅子型配座が反転した3,6-アンヒドログルコースに変換されることを発見し、この分子内エーテル化がポリスルホナートCDの構造決定に応用出来ることを明らかにした。ポリスルホナートを分子内エーテル化し、続いてタカアミラーゼ分解して生じるマルトオリゴ糖中に含まれる3,6-アンヒドログルコースの配置を質量分析で解析することにより、もとのポリスルホナートの構造を決定した。また、3,6-アンヒドログルコースを含む誘導体の各糖残基の全シグナルを同定し、その上で残基間NOEを精査することで置換位置を明確に決定する方法を開発した。この手法は、これまで極めて困難であったポリスルホナートCDの構造決定に一般的に利用できる画期的分析法である。
続いてグルコースの配座反転に伴い酸素原子が分子内空洞の内側に配向することを見い出し、ポリスルホナートを原料にして含有する3,6-アンヒドログルコース残基の数と相対配置が異なるクラウンエーテル様親水性空洞を形成させて、その構造特異的にアルカリ金属イオンを選択的に結合できることを明らかにした。これは、CDの高機能化を示した優れた一例として高く評価された。
以上、一貫してCDの化学修飾研究に携わり、一般的で優れた手法を開発してきたことが、今後のCD化学の発展に大きく寄与するものと期待された。