■本研究室で行っている撹拌技術に関する研究紹介

*本紹介はNIT Today No.2に掲載されたものです。

 化学工学大講座では、物性、流動、伝熱、蒸留、濾過、撹拌といった化学工学分野全般に関係したテーマについて、コンピューターを用いて数値解析的に、また、実際に装置を組んで実験的に研究を行っています。これらすべてを紹介することは紙数の都合上不可能なので、ここでは特に撹拌(混合)の研究について紹介させていただきます。

 撹拌と一口に言っても色々な場合が考えられます。みなさんがコーヒーを飲むときに砂糖やクリームを入れてスプーンでかき混ぜるのも撹拌ですし、エポキシ系の二液混合型接着剤を棒でこね回して混ぜることも撹拌です。このように水のようなしゃびしゃびの液体を混ぜる場合と、容器を逆さまにしても落ちてこないようなねばねばの液体を混ぜる場合では撹拌方法は違っています。また、コーヒーカップ程度の小さな容器内ならば問題なく混合できても、直径が数メートルもあるような大きな容器内では、撹拌が全くうまく行かないこともあります。つまり、場合々々によってどのような撹拌方法を使ったらよいかを決定するには、色々なことを知っていなければなりません。

 写真1には、容器の中に羽根を入れ、それをモーターで回転させて流体をかき混ぜる代表的な装置(撹拌槽)を示しました。大きさの違いこそありますが、工場では、このような装置が幅広く用いられています。現在化学工場では、多種多様な装置(撹拌槽)が開発され、化学製品の製造に利用されています。

写真1 代表的な装置(撹拌槽)

 当研究室では、このような装置(撹拌槽)に関して昭和40年代から平岡節郎教授を中心としていろいろな研究を行ってきました。これまで行われた主な研究をまず紹介しておきましょう。現在でこそコンピューターの性能も飛躍的に良くなり、一般企業でもソフトさえあれば形状がかなり複雑な撹拌槽内の流れもきれいにグラフィック表示できるようになっていますが、まだ、現在のようにコンピューターによる流れのシミュレーションが一般的でなかった頃、撹拌槽内の流れを世界で初めてコンピュータで計算したのは当研究室です。さらに、水と油のように互いに溶け合わない液体同士を撹拌した場合の現象を、独自の実験技術を用いて解析したり、撹拌するのにどのくらいの動力が必要かを精度よく推算できる手法を開発したりしてきました。

 最近、当研究室でどのような撹拌研究に取り組んでいるかといいますと、1)先程述べました互いに溶け合わない液体同士や、気体と液体を効率よく撹拌するための技術開発および性能評価、2)実際の工場で撹拌を行う場合を想定した装置形状の工夫と動力の見積り方を確立するためのモデル実験、3)バイオリアクターに必要な機能であるおだやかな撹拌技術の開発等です。
 1)のテーマについての具体的な例を写真2に示します。写真の左側は、撹拌翼の羽根の部分に金網を用いたものです。これは容器内の液体中へ気体を吹き込んだときに威力を発揮します。すなわち、通常の撹拌翼のように平板羽根を用いた場合、羽根の後ろが減圧状態になって気泡が溜まり、液中へ運動エネルギーを送り込みにくくなってしまいます。羽根に金網を用いた場合には、このようなことが無くなるだけでなく、金網で気泡や油滴を細分化することも可能になります。現在は、粘りけの高い液中へ気泡を効率よく分散させるために、この金網撹拌翼の性能を評価しています。写真の右側は、たくさん穴のあいた円筒形の金属パイプの上下に撹拌翼を取り付けた駕篭型撹拌翼です。これも金網翼と同様な場合に威力を発揮します。これは菌類などを培養するバイオリアクターとして既に実用化されております。かなり高性能の撹拌翼なのですが、動力特性をはじめとする主な特性がまだ完全に明らかになっておらず、現在設計のためのデータ採取を精力的に行っております。
2)のテーマである装置形状の工夫についてですが、例えば写真1にあるように、円筒容器の内壁には邪魔板と呼ばれる板が数枚設置されます。これを設置することにより流れの状態が変化し撹拌がスムーズになります。これまでの撹拌研究では先程述べました撹拌翼の開発が主役であり、邪魔板についての深い研究はほとんどなされていませんでした。当研究室では、どんな邪魔板をどの位置に何個取り付けたらいいのかを、化学品メーカーの製造現場とタイアップして検討し、設計に必要なデータを採取しています。その一方で、流れのシミュレーションプログラムを開発し、ワークステーションというコンピュータを用いた研究も行っています。コンピュータによる研究の利点は、一旦プログラムができてしまえば、入力するデータを変更するだけで、いろいろなケースのデータが手間暇かけることなく採取できるということです。

写真2 金網撹拌翼とかご型撹拌翼

 3)のテーマであるおだやかな撹拌技術の研究についてですが、当研究室では槽を揺り動かして容器内の流体を撹拌する方法について研究しております。バイオリアクターのように種々の動植物細胞を効率よく大量に培養するためには、それらの細胞にかかるストレスをできるだけ小さくしてやることが必要です。しかしながら、槽内の細胞に栄養分が十分行き渡らせるためにはどうしても液体を十分かき回してやることが必要となります。これまで述べてきましたように撹拌槽の主役は撹拌翼でありますが、翼で細胞に大きなストレスがかかることになります。そこで、思いきって撹拌翼を用いず液体を撹拌しようとする方法が、容器を揺り動かす方法です。この手法は新しい技術ではなく、古くから振とう器として実験室で使用されてきた方法です。しかしながら、どのようなメカニズムで撹拌が達成されるのかはこれまで明らかになっておらず、手つかずの状態でした。当研究室では数年前からこの手法に関する研究を進めており、新技術の開発と実際の細胞培養への適用と研究テーマを拡げております。

 以上が化学工学大講座で行なっている撹拌に関係する研究の紹介です。撹拌についてはまだまだ研究すべきテーマがたくさんあり、一人でも多くの方々がこれらのテーマに興味を持っていただけることを望んでおります。