撹拌における非周期的長時間変動の解析
*本紹介はNIT Today No.10に掲載されたものです。
応用化学科 多田 豊
化学反応が起きるためにはいくつかの原料が分子レベルで出会わなければなりません。
撹拌とはそれらの原料を混ぜるという非常に重要な操作です。最近では高機能製品を
作り出すために、撹拌槽(撹拌して反応を行わせるような容器)の中の安定な流れ、
原料の濃度や温度の均一性・一定性がより要求されるようになり、槽内流れについて、
数多くの研究が行われています。しかし、流れの複雑さのために、コンピュータの発達
した今日でも完全に槽内流れが解明されているとは言えません。
撹拌槽は通常、中心軸上に4あるいは6枚の羽根のついた棒(撹拌翼)をもった円筒槽で、
この撹拌翼を回転させることにより槽内の液を撹拌します。
10年位前からビデオ撮影等による撹拌槽内の流れの詳細な観察が可能となり、
撹拌槽全体の流れが突然変わり、このとき急激なトルク(撹拌に必要な力と考えていただければ結構です)
の変動が生じる大規模かつ長周期の変動が存在することがわかってきました。
ここでは、この長周期変動の特徴とその由来を明らかにするために、
撹拌槽内のトルクと槽内液体の流速を測定し、その周波数解析とフラクタル解析を行い、
簡単な関数を用いて槽内の長周期変動を表すという研究を紹介します。
実験装置を図1に示します。撹拌槽はアクリル樹脂製平底円筒槽で、
撹拌翼は4枚の羽根を持っています。撹拌翼にかかるトルクを測定し、
レーザードプラー流速計で流速を測りました。測定したトルクの時間変化(時系列)の一例を図2に示します。
トルク時系列は不規則にかつ大きく変動しています。
このような時系列は非常に多くの振動(波)から成り立っていますが、どのような振動成分がどのような強さ
で存在するのかを調べるために、時系列を周波数成分に分解します。このことを周波数解析と言います。
図3は図2のトルク時系列の周波数解析結果です。この図の縦横両軸は対数目盛とよばれるもので、10
倍ごとに大きな目盛りがついており、小さな値から大きな値まで表示することができます。この実験条
件では撹拌翼は毎秒1回転で回っており、羽根がある垂直面を通過する羽根通過周波数fp=4Hz(=s−1)、
翼回転周波数fc(=fp/4)=1Hz、およびそれらの整数倍の位置(これを高調波といい、必ず現れます)に鋭
いピークが見られます。第3の周波数をf’=0.59Hzとすると、fp、fc、およびf’の結合された複数のピ
ークを確認することができます。これらの周波数およびその間の多くの周波数が存在することは、0.5Hz
以上の高周波数領域の運動が準周期的であることを示しています。
準周期的とは複数の周波数成分が存在し、その結合である全体の運動が不規則に見える
ことを言います。0.4Hz以下の低周波(長周期)領域を見ると、0.2Hz以下の低周波数領域に、
羽根通過周波数fpよりも10倍以上強いピークがいくつか存在します。
図中の代表的な成分として、右からfu=0.098Hz, b=0.030Hz, a=0.012Hz が見られ、周期で
はfpのそれぞれ約40、130、330倍という長周期となっています。また、0.4Hz以下の低周波領域は多
くの成分周波数から成っており、このことはこれらの成分からできる長周期変動が非周期的性質を持つことを示しています。
次に時系列データのフラクタル解析を行います。
フラクタル解析を行うと、時系列の変動を表すために変数すなわち次元がいくつ
あればよいかがわかります。変動が単純であればこの次元(相関次元)は低く、
複雑になると高くなります。時系列データ上で、ある時間間隔でm個の値を採取し、
その最初の値を少しずつ変えてこれを繰り返します。これらm個の値の組をm次元空間上で表し、
この空間中の2つのベクトルの距離がr以下となるベクトルの数がrの何乗となるかを調べます。
この乗数が相関次元です。この研究ではトルク時系列の相関次元は3.9〜5.2となりました。
非整数値であったことはトルク変動が非周期的であることを示し、
低次元であったことは規則性があり、変動を少数の変数で決定論的
(最初の状態が決まれば未来の状態が決まること)に表せることを示しています。
少数の変数で撹拌槽内流れの変動を表すことができることがわかったので、
その変数を3つの独立な(互いに一つのものをそれ以外のもので表せないこと)
関数で表します。ここでは簡単な三角関数の積を用いました。
3つの関数を運動方程式に代入し、これを計算機で解くことにより、
槽内速度分布とトルクに相当する量を求めます。図4に撹拌羽根先端付近r方向(半径方向)
速度の時系列の周波数解析結果を示します。
羽根の通過周期にあたる成分fp=0.5Hz、その高調波2fpと3fpのピークが見られ、
f’=0.024Hzとするとfpとf’の結合で表せる複数のピークがfpの近くに存在し、
この高周波数領域の運動が準周期的であることがわかります。
また、f’はfpの約1/20、周期では約20倍の長周期変動に対応しています。
f’付近の低周波領域を長いデータ採取間隔で解析すると、
ここでは図を載せませんが、f’付近に多くの成分が現れ、
長周期変動が非周期的であることがわかりました。
これらの結果は変動の実験結果と全く一致しているわけではありませんが、
その特徴や本質を表していると考えられます。
以上のことをまとめると、撹拌槽内のトルクと速度を測定
し、その時系列の周波数解析とフラクタル解析により、これ
らの変動が準周期的高周波成分と数秒から数分にわたる非周
期的低周波(長時間)成分から成り、少数の変数(関数)で
決定論的に表せることがわかり、さらに、3つの独立な関数
で撹拌槽内の複雑な変動の特徴や本質を表せることがわかり
ました。ここで紹介した解析方法は複雑な現象の特徴と本質
を引き出すのに非常に有力であり、他の複雑な系にも適用し
て、その特徴と本質を明らかにしていこうと考えています。