私が大学の教員になってから10年近くになる。その間、毎年、卒業生を企業に送り出してきた。
幸いにも多くの学生が第一志望であるかは別にして、自分の望んだ企業に就職してきた。
しかし、数年後に同窓会等の席で最近の調子を尋ねると、「何とか生きています。」とか「仕事が面白くない。」といった内容の返事が少なからず返って来る。反対に、「やりがいを感じています。」とか、「仕事が楽しくてしょうがない。」といったポジティブな返答をもらうのは稀である。
照れ隠しもあるのかもしれないが、真実を述べている人もいるであろう。一方、あるパーティーの席でお会いした大手銀行の取締役の方からは、
「毎週、日曜日の午後になると憂鬱でしょうがない」という話を聞いた。


このような話を聞くと、教育者として考えさせられる。私は、学生を希望するところに就職させることが、必ずしもよい指導であるとは思っていない。就職後少なくとも5年後に、充実感を持って仕事をしている人達を世の中に送り出したいと考えている。
そのための、真の実力をつけさせるのが、大学および大学院の教育の指名であると感じている。



「文系は理系に比べ、平均して1.5〜2倍の生涯賃金を稼いでいる。工学部を選んだ時点で、通常では、文系より稼げないことを認識した上で、人生設計をしなさい。お金でなければ仕事の内容に人生の価値を見出すか、あるいは特許で大当たりして逆転するかなどなど・・・。だいたい、実験も忙しい、研究も忙しいといった理系から比べれば、比較的な楽な学生生活を送ってきた文系出身者に負けて悔しくないか?大学院になんか行っていたら、なおさらその分を取り戻すのは大変だ。だとしたら、それを覆すだけの“何か”を身につけなければ無駄である。」これは私が普段から学生に言っていることである。

会社は雇ってもらうところなどと考えてはいけない。自己実現の場である!!
自己実現できていないから楽しくなくなるし、不満が出る。


そもそも、自己実現の充実感を持って仕事をしている人の方が、会社に貢献しているものである。
自己実現の道と会社での仕事が全く合わなくなれば、それ以上その会社に留まる必要はない。また、自己実現ができていれば、たとえお金持ちになれなくても、普通の生活ができれば十分ということにもなる。
そもそも理系、工学部を選んだのも、そちらが好きだったからのはずであり、言い換えれば自己実現の人生を目指したからのはずである。

就職活動にあたって、あるいは日常の研究にあたって、自分にとっての自己実現とは何か、もう一度考えてみよう。職場を選ぶ目が違ってくるかもしれないし、将来後悔しなくて済むかもしれない。


最後に私のケースを紹介しておこう。
私もいったん会社に入ったが、自分の好きな研究をやりたくて5年後に大学人となった。人生にはいろいろな考え方がある。お金を第一とする者、お金よりも仕事の内容を重視する人、仕事とは別の趣味に没頭する人など、いろいろ・・・私の考えはこうだ。

「日常的には仕事をする時間が一番長いはずである。したがって仕事で満足できなければ、人生は楽しくないのではないか。もちろん、仕事で成功もしたい。どうすれば楽しくしかも成功できるであろうか。やはり好きなことをやるべきである。そもそも仕事を仕事と思っている人は、仕事を趣味のごとく楽しんでいる人には絶対に勝てないであろう。」
こうして、私は好きな研究を仕事とする道を選んだわけである。私にとって研究は仕事であり趣味である。だから研究を仕事と思っている人には負ける気がしない。朝早くから真夜中まで仕事をしていても、苦痛でないのだから。

学生たちにも、将来、自分が本気で打ち込めるものを仕事にできるような人生を選択してもらいたい。
そのためにも、まずは学生時代に、何か、願わくは“研究”に、打ち込めることの楽しみを知ってもらいたいのである。


堀研は来年3月にようやく2期目の大学院博士前期課程修了者を送り出す予定の、まだ新しい研究室ですが、修了生の就職先は皆一流企業です。化学や材料に加えて、バイオや環境に関連した企業への就職実績があります。

<これまでの就職先企業> 博士前期課程修了者数6名(内定者を含む)
明治乳業、松風、宝酒造、帝人、日本特殊陶業、明電舎