当研究室では、微生物の界面付着バイオフィルム形成のメカニズムを解明し、その機能を工学的に応用することを目指して教育研究を展開しています。バイオフィルムとは、固体表面上に付着した微生物とその分泌物から成るバイオマスのことで、身近な例では“水あか”とか“ぬめり”といったものや、虫歯の元となる“歯垢”などがあります。微生物の界面付着やバイオフィルム形成によって下記のような弊害がもたらされる一方で、利用や応用も可能です。

<弊害>
1. 感染症(病原菌が我々の組織や細胞に付着し、進入して、病気を引き起こす)
2. 虫歯
3. 微生物汚染(医療器具や食品への病原菌の混入)
4. 冷却管などへのスライム形成
5. 金属腐食の促進
6. 船底への海洋生物の付着による航行阻害
7. 不衛生、公衆衛生上の問題(浴室、台所などの水周りや温泉施設等の汚染)
8. 水処理用フィルターの目詰まり



<利用・応用分野>
1. 廃水処理
2. 水質浄化(河川、湖沼、沿岸などの浄化)
3. 排ガス・悪臭処理
4. 固定化微生物による発酵と物質・エネルギー生産
5. 農業(根粒細菌の利用など)
6. 鉱業(バクテリアリーチングなど)
7. 界面微生物反応によるグリーンテクノロジー
8. 微生物の付着機構を利用した界面制御・接着技術
9. 細菌ナノファイバーなどのナノマテリアル


このように、微生物の付着は我々の生命と健康、生活から産業活動に至るまで、実に様々な分野に関連しているのです。そこで当研究室では、微生物付着とバイオフィルム形成のメカニズムを解明し、その制御技術を開発するための基礎研究に取り組んでいます。また、バイオフィルムや界面付着を利用した環境技術の開発などの応用研究も展開しています。応用研究では積極的に産学連携を行っており、大学発ベンチャー企業の設立も念頭に、複数の企業との共同研究を展開しています。しかし詳細については、特許や企業との契約上秘密事項が多く、ホームページでの公表は控えさせていただきます。

【バイオフィルムの構造と機能】
バイオフィルムを構成する微生物の主役は細菌(バクテリア)です。細菌は単細胞、すなわち一個の細胞が一つの生命体(個体)であり、我々のような多細胞生物とは根本的に異なります。我々の体の細胞の一つ一つがばらばらになって、それぞれが独立した生命体として機能しているようなものです。ただし、細菌の細胞は原核細胞と呼ばれ、我々の体を構成している真核細胞とは構造が大分異なります。大きさもヒトの細胞の10分の1ほどです。多細胞生物では、各細胞は互いに協調して組織などを構成し、それらが集まって一個体を形成できるよう機能を分担しています。それぞれの細胞の勝手な振る舞いは通常抑制されており、細胞がその抑制を逸脱して勝手に増殖などを始めると、多細胞生物の個体としての機能が損なわれ維持できなくなります。これが癌です。しかし、細菌細胞はそれぞれが独立完結した生命体ですから、各細胞は勝手に機能し生きています。
ところがバイオフィルム中の細菌細胞は、まるで多細胞生物のような機能を示します。本来個別の個体である細菌細胞が、互いに情報を伝達しあってコミュニケーションをとるようになります。バイオフィルム中での細胞の局在位置によって発現している機能も異なっており、まるで役割分担をしているようです。細菌細胞がコミュニケーションの手段に使っているものとしてよく知られているのがオートインデューサーと呼ばれる化学物質で、これによって周りの細菌細胞の存在量(細胞濃度)を感知し、一連の遺伝子発現のスイッチのオン・オフを行います。これがクオラムセンシングという機構です。バイオフィルム中では、周りの環境より微生物濃度が高いため、このような機構が働くわけです。バイオフィルムは微生物細胞だけで構成されるわけではなく、主成分はEPSとよばれる多糖類で、これは微生物細胞から分泌されます。EPSのマトリックス中に、いろいろな種類の微生物細胞がまばらに偏在しているというのが実際の構造です。EPSの濃度も一様ではなく、バイオフィルム中には、ウォーターチャンネルと呼ばれる水路が存在します。ここを酸素や養分を含んだ水が流れ、バイオフィルム中の微生物に供給されます。この構造と機能も、まるで多細胞生物の血管網のようです。

【微生物の付着機構】
 今、バイオフィルムが非常に注目されています。世界中で研究が精力的に行われています。最もよく研究されているのがクオラムセンシングとの関係で、バイオフィルム中での微生物のコミュニケーションや発現している遺伝子についてです。これらの研究は、バイオフィルムの発達メカニズムとも関連しており、研究対象はバイオフィルムの発達段階に集中しています。
 これに対して当研究室では、バイオフィルム形成の初期段階である微生物付着に着目した研究を行っています。特に微生物の細胞表層の特性(疎水性、電荷など)、構造(突起物など)と表面付着性との関連について調べています。中でも、微生物細胞の表面付着や細胞凝集を媒介する細胞表層の突起物を新たに発見し、これらを粘着性細菌ナノファーバーと名付けて、その構造と機能について分子レベルの解析を進めています。

堀准教授らが発見した新規の粘着性細菌ナノファイバーである“アンカー”
写真中のスケールバーは300 nm.